私の話をしようとおもう。他の誰でもなく私の事を。

今年、私はいくつかの演劇の作品通して、そこで大きな気づいたことがあって、何かを受けとった。
他者からと自分からと­。
書いた時には、全く思ってもいなかったこと、自分の気持ちの中に隠れていたものが、
作品を演出していくにつれ現れてきたり。
演じる事を考えているうちに過去の自分と向き合わざる終えなくなったり。
そして、
「気持ち」は誰かと比較できるような相対的なものでなくて、自分がそうと感じたらそう、という、絶対的なもの。
そう思えるようになったから。

一緒に作品を作ってくれた仲間に本当に感謝してる。

 

だから、これから先、同じ所を拠り所にして作品を作り続けてしまうと、きっと先々行き詰まるか苦しくなる。
もし私が演出家で、苦しみを役者に擬似体験してもらって上演して私が癒される、なんて、そんなことが起こるようになってしまったら、役者に対して酷い仕打ちだ。
もし私が役者で、自分の事にバカリ固執してたら演出や共演者にはた迷惑だ。

だから、手放して距離をとってあげたい。

 

それに、もしかしたら私の体験、自分でも些細な、とおもうこともあるのだけど、その体験からもしかしたら誰かの参考や光になるのかも(ならないかも)と思った。

今より10年か15年くらい前のお話。
私が高校生とか専門学校生の時の話。
父親と母親のこと
SEXのこと。
リストカットのこと。
ゆるすこと。

今となっては理由がわからないことや忘れてしまったことです。

続く





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