ココリカとねこ【人形劇の裏側では】:斜め45度企画

ニコランコランへの人形劇のオファーがきた。
一年に一本の割合で作品を書き、人形を作り、演出する。

そばでそれを見てると思う。「めっちゃ大変だなあ」と。
人形を作るのって、手間暇とお金がかかる。

音楽は、楽器にお金がかかるけど、同じ曲をなんどもやるし、ライブのたびに何かを作るってことはない。
人形劇はすごい。

集中を始めると彼女のムードは一変する。違う世界にはいってるんじゃないかとおもうくらい、黙々と作ってる。

 

僕ら夫婦は作風というか、肌触りの「うすらさみしい」感じがにてるかなぁと思うんだけど。ニコランコランのお話はいつも僕を泣かせる。

ぼくもいつもギターとそのほか、ちょっとだけ役をもらって参加するんだけど。
今回の本は最初、そこまで悲しくなかった。物悲しいにおいはするけど、泣くほどはなかった。
スタジオで練習して、声出しするまでは。

最近僕らは手で文字を書くことがすくなくなってきたけど、ニコランコランは脚本を手書きする。
びっしりとかかれた手書きの文字は、僕以外誰も見たことはないだろうけど、圧巻だ。

 

ナレーターと、ふくろうの役だった。

 

 

主人公のココリカと猫、フクロウが目に見えるキャラクターなんだけど、登場しない登場人物がいる。ココリカのおとうさんと、薬屋の主人。
ここに、はまった。

娘ともう会えなくなることがわかっていても、薬をとりにでかける父親。
「元気で」と、残して。
なくなってもう五年になるニコランコランのおとうさん(いわゆるぼくの義理のおとうさんね)のことを思い出して、はまった。
上演が終わるまでは言わなかったけど、彼女の父親への思いの、ある種の「ケリ」を感じた。

 

人のために自分を犠牲にするなんてのは理不尽だ!
と僕は思った。

 

町に病気が発生して、多くのひとが「治癒力魔力のあるキノコ」をもとめに薬屋さんへ殺到した。
薬屋は自分の妻も危ない状況なのに、町の人に優先して薬を配った。
そんな薬屋のために、ココリカの父親は帰れないことを知りながら、もう一度森へキノコを採りに行く・・・。

 

スタジオでそのくだりで泣けて、練習にならなかった。
もう、どうにもならなかった。
本番ではとにかく感情があふれないように祈った。

 

本番。
セリフをいうとか、わかりやすくしゃべるとか、そういうのほんと苦手で。
いつもこっぴどく指導されてる(笑)
ぼくはさらに苦手意識がかちんかちんに固くなる(笑)

今回の役も難しかったけど。
すごいがんばった。
うまくやれたようなきがする。

ニコランコランと牧畜業者のふたりはもう達人で。
すごいなあ~と思いながら隣で見てる。
音楽ならまけないんだけど、お芝居では2軍だなーといつも思う。

スタジオ練習はたった二回だったけど、段取りも多く、セッティングも難しいので確認作業やセリフの変更、場面のカットなどに費やして、キャラクターづくりはほぼ個人任せ。
びしっと仕上げてきた。

音楽は、作品の「うすらさみしい」ムードを重視して、しずかに寄り添うようにした。
さみしく冷たいペールカラーの森にぴったりあうように。

 

2017年作品「ココリカとねこ」をご覧ください。

 

こっそり情報リーク:
実は今回のお話は、今年のかきおろし二作目。
まったくちがう登場人物のお話があって、人形もできていた。
上演されなかったお話は、形を変えて生まれ変わるかもしれない。

ぜひ生で、今度はご覧ください。

 

【609号室】ガーリーおじさんはまったく役に立たない2017

 





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