むかしむかし、あるところに「yes」と「no」とそれ以外があるのに

いつもいつもことあるごと、それ以外はなかったことにされました。

死んだ目をしたジャパニーズ。
死ねば死ぬほど生きられる現代。

 

そんなことを歌う人がまだいるんだよね。

自分の周り。手の届く範囲。
その中で生きてる。

でもさ、それは世界と繋がってるんだよね。
トイレが下水に繋がり、海につながってる。物理的に。
僕らが飲んでる紙パックの烏龍茶は「雨」と「茶葉」からできてる。
この国のものじゃない可能性高いけど。

 

液晶TVの中にはもう嘘と楽しみしかない。
スマホの中には誰かの正義と誰かの悪意しかない。

誰かの意見でない「情報」がないってことをまず、知っておきたい。
その中からなるべく外装をそぎ落とし本当のことを見つけたい。

 

考えることを忘れた僕らは検索する。
自分で見つけた情報みたいに思うけど「誰かの作為のもとに作られた情報」だよね。
それを「その人の意見」てとらえられたらいいんだけど。

 

例えば冒頭の3行は「大森靖子の作品」で、彼女自身ではないことを知っていたい。

政治のこと
報道のこと
目をつぶると楽ですよ。

でもその楽さは、もっともっと「楽」になりたくなる麻薬。

「会社から指示がないので選挙で誰に入れたらいいかわからない」という人が少なからずいる。

 

無理やりやらなきゃいけないことは、何か「無理がある」ことなんだよね。
無理やり決めなきゃいけないことは、何か「理由」があるんだよね。

イエスとノーの、どちらともの「大声」しか届かない居酒屋で
いつか僕にも注文を聞いてくれる日が来ると信じて座ってる。ただじっと。

震災の時。
略奪もなく列に並んでた「善意」すら、なんだか嘘のようだ。並ぶことしか知らない羊たちのように感じる。
ガラスをぶち割る外国人が正しいとは思わないけど。

 

この国に生まれたことを後悔してないけど。
大昔からこの国は意見を言う時は「腹を斬る覚悟」が必要なんだよね。

 

人を傷つけまいと努力している君はなんだかつらそうな顔をしてるね。

 

この文章も「真実」ではない。
僕の思ったことだけ。

 

【609号室】ガーリーおじさんはまったく役に立たない2017





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