乱暴な運転をついやってしまう人の大胆な仮説【学会発表予定はありません】

車の運転が嫌いで、車に愛情がない。
あっちこっちぶつけたりこすったりしてる。洗車もしない。

なぜか?
車を運転する自分自身が嫌いなのだ。

なぜか?
北九州育ちの血がでるからだ。

  1. 方向指示器を出さずに車線変更をする奴を絶対に入れない
  2. ぐずぐず走る車を許せない
  3. 幅員減少をわかっていながら、すり抜けていくのを許さない

そんな癖が出ちゃう。

 

もともと怒りっぽい方かもしれないけど。
車に乗ると人を殺す勢い。あ、道路マナーを守れない人をね。

 

そのことを「なぜなんだろう」と考えてて、ある仮説にたどり着いた。

 

人は暴力と破壊が本能的に好きである

まあ、繰り返される戦争とか見てればわかるように、口では平和がいい〜とか言っても、争い好き。
殺戮に塗れるのが好き。

でも現代社会は、人殺しは罪だ。罰を受ける。

それに、どんなに腹が立って、ぶっ飛ばしてやろう!と思っても、僕のように小さな、腕力もない初老は(昔は若かったけどね)絶対に勝てない。
銃やバズーカ砲ならともかく、普通の戦いでは勝てない。
だから、身の危険を案じて、戦いをしない。
「自分より弱いもの」に対して猛烈にバッシングするなどの行動にでることもあるけど。

 

でも、車に乗れば。
腕力に関係なく「横一線」なんだ。
アドバンテージがないような気がする。
体格のいいトラックには勝てないけどね。

弱い自分の、恐ろしい闘争本能に火をつける鉄の塊が、車だ。

 

だから僕の凶暴性が、運転にでるんだ。
車を愛してる人は、そんなことしたら「車が悲しむ」ことを知ってるからしない。もしくは愛してるからこそ傷つける。
SM行為ににてるのかも。

 

結論

人は凶暴で、でも体格差などで我慢してる。
それを横一列にしてくれるのが、車だ。

 

などともっともらしく言ってはみたものの、実際の僕の車の傷は、そんな争った後じゃなくて
駐車場で柱にぶつけたとか、慌てて曲がってこすったとか
そんなもんなんだが。

 

【609号室】ガーリーおじさんはまったく役に立たない2017





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