8/31〜9/1を迎えるにあたって【死にたいと思うこと】ティーンエイジャーじゃなくてもあるよ

9/1はティーンの自殺者が一番多い日だそう。

「死にたいなんて軽々しく口に出すな!」なんて軽々しく口に出したくない。

「死にたい」っていう気持ちは「生きるのをやめたい」とイコールじゃなくて、裏側でもなくて、ほぼ同じ色だと思う。
すこし見え方、感じ方が違うだけ。
「死にたいとか本気で思ってないでしょ?」ていう意味じゃないよ。
生きたいも、死にたいも、その瞬間は本気で思ってるんだ。
なんとなく、ていう前置詞も、ありだ。

 

 

1965年生まれの僕がティーンだったころ。

学校っていうからっぽな場所で、いつもいつも他のことを考えてた。
死にたいと思うほど「生きる」ってことが理解できてなかったし、SNSもゲームもないから「頭の中」に自分の帝国を作ることもできた。

友達という人もいたのかもしれないけど、ほとんど覚えていないし。
青春漫画や映画のように「悩みを打ち明けたり」したことは多分、なかった。

 

めんどくさくないから一人でいるのが好きで。
アニメーションを作ったり
音楽を聴いたり
一人でできることが好きだった。
誰かからの承認欲求とは別の、自分で自分を承認したがってたのかもしれない。

 

 

 

学校なんて取るに足らないもの。学習は他でもできる。

学校と家と、通学路。
それが世界の全てだと思ってしまう。
今ならそれにプラス SNSかな。

僕の周りには変な大人がいた。
学校で教わることや、両親の意見とは少し違う意見を持った人。
英語の歌の歌詞の意味を教えてくれたり。

いい大人達でなかっただろうけど。

だから死にたいと思う子供たちには「大人と話をしてみるといいよ」と提案したいなぁ。
生きていく上で必要なことを学習できるから。
だって大人は生き延びた証拠だもん。
その中から「こういう大人になりたい」っていう人が見つかるかもしれない。
そしたらその人に、生き延び方を聞いてみるのもいいね。

 

死にたいって思うことは生きてるってことを感じてるから。(ツラミも、痛みも含めて)

生き延びて、この後やってくる楽しいことを経験することを一番に考えて、学校からも親からも生活からも国家からも戦争からもどんどん逃げたらいい。

今日いちにち生き延びで、それを明日も続ける。

仲良しのふりなんてしなくていい。
今は300人くらいの世界に住んでて、一人も分かり合える人がいないって思っていても、3万人の世界になれば10人くらいいるかも。

同じ気持ちのひとりぼっち達とつながることができるかもしれない。

助け合うことはできなくていい。
誰かの役になんて立たなくていい。
同じような人がいると思うだけでなんか、心がほわっと暖かくなることない?

自分を愛せなくても
誰かと悩みを分かち合えなくても
自分だけが遅れてる気がしても
愛される価値がないと感じても
好きなことが見つからなくてもいい

そのまんまでいい。

そのうち自動的に300人の村から30000人の街に送り出されるから。
そしたら、同じような星が見える。

 

どうしてもつらかったら、楽器を手にしよう。歌を歌ってみよう。

世の中には「音楽」で身を持ち崩した(笑)大人達がたくさんいる。
ちゃんとした大学出てなくても、ちゃんとした仕事についてなくても、お金は全然なくっても、目がキラキラ輝いた大人達がいる。
死にたい気持ちから生き延びた大人達が。

同年代の傷だらけの音楽家達もたくさんいる。
ギターのFコードが弾けなかったら、弾けるコードでだけでやればいい
頭にきたことを、誰かに面と向かって「くそったれ!」といえばトラブルになるだろうけど、音楽にして「くそったれ!」といえば共感してくれる人がいることがわかる。

楽器ができなくても、マイクを握ればいい。
叫べばいい。
カラオケでもいい。自分で歌を作ってもいい。
日頃出さない、肺の奥の方の空気を、歌にして吐き出せばいい。
自分が醜いと思ってるその「悪い種」が、他の誰かの希望になるかもしれない。

何しろ世間から「くだらないやつ」と思われてるダメな大人達が生き延びてる事実を感じたらいい(笑)

 

大人になってからの方が楽しいことも死にたいことも100倍ある

僕は大人になってからの方が「死にたい」と思うことが多かった(笑)でも死ななかったのは楽しいことの誘惑。

まだ食べてない美味しいものがあること
まだ行ったことのない素敵そうな場所があること
まだ買ってないCDがあること
まだやってないいろんなこと

学生の頃のバンド活動より、37歳になってからの音楽活動の方が断然素晴らしい。死にたいと毎日思ったとしても、「あ、あのバンドのライブ見てみたい」とか「今度の対バン楽しそう!」とか思えばやっていける。

さあ!今日から頑張ろう!とか全然思わなくていい。
ただぼんやりと今日を過ごしてもいい。
明日に期待しなくていい。

今日と明日の境目なんて、人が勝手に決めたこと。
1日とかひと月とか一年とか、人が糧に決めたこと。

そんな区切りから逃げて、逃げて、生き延びよう。

 

【609号室】ガーリーおじさんはまったく役に立たない2017





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