高橋プランクトンと4人の戦士【ブローインの風にまかれた夜】

高橋プランクトンとブローイン:何回対バンしただろうか?

馬出のブローインというライブバー&カフェは「オリジナル曲」だけで勝負する場所。
初めて出た頃、対バンの人たちの「本気度」に当てられて、僕はステージで緊張しまくって、ボロボロだった。

そんな場所で何度か戦ったことのある高橋プランクトンが一旦活動を休止するという。

ま、そんなに時間は空かないようだけど、とりあえず区切り。
その対バンに選ばれた4人。

  • チャーリー林
  • オカムラヒサシ
  • 西名太一
  • サニー

ステージを降りれば仲良しだったり、バンドメンバーだったりする仲間だけど、ここは戦う場所(笑)

ライブはチャーリー林からスタート

この日のライブは、チャーリーの緊張感をバトンしていく形になった。

いつもよりまして「内圧の高い」ライブ。
最近はバンドでの活動が多いから「一人は怖い」と言っていたけど、その怖さを爆発力に変えていくところがチャーリー。
生活を、毎日を歌にする。それと同時に難解な世界観を持つ神話の歌を歌う。
その二つは普通、相容れないものだけど、チャーリーの肉体を通して発されると融合する。

そのそこにある「優しさ」は、この日の5人の中でもずば抜けてる。
ゴツゴツした握りこぶしの中に握られてるのは「愛」だ。

 

そしてオカムラヒサシ

新しい実験をし続ける彼。
ミュージシャンは、アーティストは作品を作り続けなければという強いメッセージを感じる。
そして幸いにも発表する場所があるのならば、挑戦し続けろ!と。眼が言っている。

知り合ってからだいぶ立つ、
演奏スタイルも結構変わる。
柔らかい表側と違って、中身はトガりまくっている。
心象風景や経験を、最小限の言葉に凝縮して歌う。
四行詩のように。短歌のように。
自ら言葉を縛ることで自由な世界を広げる、言葉のボンテージ。

リズムボックスのついたアンプの無機質な感じと、たゆたう歌はオールドスタイルでもあり最新型でもある。僕も何度かトライして諦めた演奏法の一つ。

 

そして高橋プランクトンと旅をしたソウルメイト西名太一

以前見た彼のライブとは500倍くらい違っていた。
聞くものに呼吸もさせないくらいぶつけてくる感情の波。
怒りと苛立ちと、その中にあるかすかな希望を歌う。

今回一番「たまげた」のは彼のステージだった。

人生を歌にする。
感じたことを言葉にする。
感情をメロディに詰め込む。

表現者とはこういう人のことなのかも。
音楽的にどうこうとか、そういうのを超えて、突き刺してくる。

幸せな結婚生活を送っているようだけど(笑)
ステージでこんなに燃やしたり冷やしたりできるなんて、どういう生活を、人生を送っていたらできるんだろう。

 

そしてサニー。

僕は自分の人生を歌えない。
ステージで裸になれない。
その苛立ちに頬をひっぱたかれて始まったライブ。
いつも前にやった人のステージの影響を受けてしまうんだけど、この日は特にそうだった。

「失恋後のプランクトンの傷に塩を塗ろう」と事前に考えたプランはぐちゃぐちゃになった。

僕は作品を「作る」
言いたいことはもしかしたら、そんなにないのかもしれないし、歌でそれを伝えられる自信がない。
自分の中に「作詞家」と「作曲家」と「ギタリスト」と、申し訳なさそうな「シンガー」がいる。
作詞家と作曲家は、シンガーサニーを含めたいろんなアーティストに「それぞれが輝く楽曲を提供する」チームで、ギタリストとしてのサニーは「その曲の理解。世界観の理解。伴奏,バンドでのギターサウンド」という部分を考えて、作詞家作曲家が作った楽曲を「さらによくしよう」と努力してる。(毎日練習してる笑)

でもシンガーとしての僕はどうだろうか?

僕というシンガーの歌える世界は狭い。でも作詞家作曲家が僕用に曲を作ってくれる(笑)
だったら、「これは自分用に作られた曲なんだ」って自信を持てばいいんだろうけど。

そういうこともあって「JAZZのギター弾き語り」を始めたってのもある。
ただのシンガーとして、場数を踏みたいと思ったんだ。

この日も完全なる創作、実体験の伴わない6つの物語を歌った。

 

ラストはもちろん高橋プランクトン

死にたくなったら俺を歌を聞きに来い
俺がお前を殺してやる
そして今度はおまがえお前の歌で
俺を殺しに来い

これ以上愛情のこもった応援歌を僕は知らない。
世界中探しても、きっとない。

命を削るライブを続けると、いろんなところから声がかかる。
平日は仕事して、休日に命を減らす。
そんなことしてたら死んじまう。

それがちょうど、今の彼なんだと思う。

死んじゃいかん。
歌に殺されたらいかん。

そのためには一旦お休みするのが一番だと思う。

そうじゃないと、歌が、自分が、嫌いになる。

 

この日のライブは「見る人」への、「ライブハウス」への「誠実な返答」だった。

年をとったてのは「止めれる理由」にはなるけど「やめる理由」にはならない。

この言葉をいつまでも僕は大切に生きていく。

 

ライブの後。ゆっくりしゃべって。
12時を回るこ炉、ボニータへ行った。
妻と二人でこうやって、50歳を越えてまた夜遊び出来るなんて幸せだ。
それもこれも、音楽のおかげだよ。
いつまでたってもお金がないのも、だけど(笑)

 

 

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