金曜ドラマ:私を離さないで:第3話感想〜手に入らないものへの執着〜

子供時代は終わり、学園を出て行く。

女の子たちのカースト制度。従う者と従わせる者。
愛されたくてもがく。
どんな手段をとってでも、愛されたい。
嘘をつき、笑いかけ、睨みつけ。
自分は憧れられるべき人だと思い込み、思い込ませる。

でも

本当に好かれてる人には敵わない。
自分が嘘で築きあげた砂の城にいるのは自分だけ。
弱い者が嫌いだ。自分と似てるから。
私をかばう者が嫌いだ。自分が惨めになるから。

タイトル

主人公たちの幼年期のお話が終わって、いよいよ

・きょうこ(綾瀬はるか)

・美和(水川あさみ)

・友彦(三浦春馬)

の物語が始まる。

第3話で描かれた愛憎は一見「男女の複雑な三角関係」の形をとってるけど、美和にとって友彦は恋愛対象ではなくて、きょうこを傷つけるためのナイフでしかない。全く男は消耗品だ。

三浦春馬。こんな「ちょっと挙動不審」な感じ、すごくよく似合う。

たった一つのキスから、従順な犬のように扱われる男の子。病的に白い空間に映える。

第3話は美和(水川あさみ)の独壇場。

水川あさみ

手に入らないものを手に入れようともがく姿。
美和は「女」を使い、「友達のふり」を使い、きょうこを打ちのめそうと、一生を賭ける。
彼女は自分の持っているすべてを使い、きょうこを離さない。

ドラマのタイトルの「わたしを離さないで」は、美和からきょうこへの気持ちなんじゃないだろうか?

臓器提供の運命に逆らえない人たちの「わたしを逝かせないで」という叫びとセットで考えるとすごく深い。

逃れられない運命も、個人的な執着にはかなわない。
水川あさみの役者としての印象が変わるかも。綾瀬はるかのどちらかというと器用ではない演技と好対照。
「演技をしてる」っていう演技がすごくいい。ヒリヒリする。
人は、一人でいるとき以外ずっとなにかの「演技」をしてるんじゃないかな?

自分のよかれと思った言動で、生徒を死に至らしめた龍子先生の心の痛み方が辛い。
現実から目を背けようとしたかと思えば、思いが積み重なって絶叫する。

「あなたたちは、なににもなれない。臓器を提供して、早ければ10代で死ぬ。夢なんか見てもしょうがない。願いはかなわない」

そういうのは、彼女の精一杯の誠意。自らの断罪よりも、子供達への愛に近い。

美和(水川あさみ)に好かれてる山崎先生(甲本雅裕)もいいポイントがあった。
生徒の教師への疑似恋愛が、夢見る世界への憧れの具象に過ぎないことを言い放つシーンは、冷たくて、いい。

今回まではまだ学園ロケなので、アンティーク感と、足元から深深と冷えてくる未来感が強いイメージで、見てて楽しかったけど、次回からはコテージと呼ばれる場所が舞台。
登場人物も増えて、ハチャメチャに破堤しなければいいなあと、願う。

同じ学園で育ったものが

・臓器提供のために入院し、どんどん体を取られていく人

・提供者の身の回りの世話する人

との二つに分けられ、

苛立ちも、愛しさも、過去もズルズルと引きずって、生きる。その悲惨さが描かれたらいいなあ。

>>>わたしを離さないで第1話感想

>>>わたしを離さないで第2話感想

>>>わたしを離さないで第4話感想





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