真夜中の五分前:感想【三浦春馬が美しすぎで話がぼんやりするけど】行定監督らしい映画

真夜中の五分前:行定フェチ復活

「ひまわり」「閉じる日」「贅沢な骨」の三本が、ほんとにすばらしいスタートだった行定監督。
個人的な冷めた情念とか、女性を艶っぽく撮るフェチ加減とか。

なぜかそのあと大作のとれる監督になったけど・・・
この「真夜中の五分前」は「つやのよる」で戻ってきたフェチズムがさらに加速した感じ。

見た目そっくりな中国人双子女性と、三浦春馬君との絡みを中心に
ウォン・カーワイの映画から独り言をとっぱらったような作品になってる。

時計。真夜中。双子。見分けがつかない。
ほとんどの男子が一度は妄想するだろうエロ(笑)と
ほとんどの女子が妄想するだろうイケメンがらみの恋愛とジェラシー。

そういう「わかりやすい」パーツを準備しながら、最終的にくみ上げることをせず、見る人に投げっぱなし。こういう映画はつまんないと思う人は、絶対無理な作品。

風呂敷をひろげて、つつまない映画は大嫌い。実はね。

結末を用意してるんだけど、あえてそこは写さない、ドラマにしないという映画は、好き。
でも条件があって「どちらにしてもOK」な話なら。

 

真夜中の五分前:中国語のふくよかな響き

香港映画の広東語の「ひゃいひゃいはいはyちゃーちゃーおわーw」的なケンカしてる感じではなく
「しゅ・しゅぉ」的な、唇からもれる空気のおと。

僕らが街中で見る「大声で騒ぐ中国人観光客」のことばではない。
ふくよかな外国語の響き。

三浦春馬の中国語がうまいのかどうかは僕にはわからない。
だけど、彼はうつくしい。

女優のリウ・シーシーよりも数倍美しい。
リウ・シーシーは、まあ日本人好みの黒髪真ん中わけ、憂いを秘めた表情なんだけど。美しさでは圧倒的に三浦春馬の勝ち。

初めて「金城武」を日本人が見たときの衝撃が、中国人女性観客にあったろうなと思う。

三浦春馬

 

真夜中の五分前:大筋は単純。ミステリーってほどはない。

5分遅れに設定された時計のエピソード。
「ざおしゃんはお」出始まる朝の食卓。
ぎこちないキスと抱擁。

恋人たちはふれあい、感化しあう。
そしてときは流れて行き
もどれない旅に出る。

5分遅れの時計は、もうない。
私は現実を生きるという彼女の宣言か。

まったくおなじ見た目の、性格のちがうふたり。
きっと愛憎からみまくってるだろう。
まるで恋人のように。
他人の人生を生きるのではなく、自分の人生を生きる。

そのことを決めるまでの1年間のものがたり。

水着

 

真夜中の五分前:中国~台湾~日本。文化はするりと海を渡る

全体はファンタジーなんだけど、岩井俊二の映画ほど脳内麻薬に犯されるものではなく、現実から2センチくらい浮いたムードに満ちてる。

異国と夜と美男美女。

おいしい材料をそろえて、あまり加熱せずに料理した行定監督。
あっと驚く物語をもとめる人には「ムードばかりでつまらない」と感じられるだろうし
現実離れした世界を求める人には「少し、ちくっとする」映画だと思う。

ともかく、美しいシーンは、こりまくったセットや、照明ではなく
時計修理をする三浦春馬の顔と手と
泳ぐリウ・シーシーの白い足だ。

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