月9ドラマ【ラブソング】第10話最終話感想:未来は君たちのもの。正統派ロリータドラマでほっとした。

ラブソング:若者が飛び立とうとする日

ラブソング。最終話にどんなふうに着地するのか、不安が一杯だった。
闘病ものに形がすりかえられるのもいやだし
おっさんと20代の小娘の恋バナなんて最低やし(笑)
声を失うのはもっといやだけど
歌えるようになってまたさくらは歌うんだろうか?自分の声に感謝して。そういうのもちょっとなあ・・・

冒頭の結婚式のシーン。わかい三人が可愛すぎて。
そして、スピーチで苦労するさくらに、手を差し伸べようとしてはっきり拒絶される福山雅治もよかった。
そうだよね。
大人はチャンスを作ってあげるべき。
そして、自分の足で跳ぼうとしてるひ弱なヒナを、手を差し伸べずに見守るべき。
これが、ほんとむずかしい。
でもすごく勉強になった。このドラマで。
もう一度僕は、「なにもしないこと」を学んだ。

 

ラブソング:空一くんの振られ方がこれ以上ないくらいガッツリ

あなたは優しすぎて、わたしには受け止められない。

これ以上ないくらいのハードパンチをのこして、さくらは消えた。
一緒にはいられない。
空一くんはそれを受け止めようとする。
ほんとに馬鹿だよおまえ~。
まあお姉さまの助言で、走り出すんだけどね。

ねえみんな。好きな人のことを一番大事に思うことはたいせつ。でもその人のことを好きで、手に入れたい、一緒にいたい、嫌われてもっていう気持ちも嘘じゃないはず。
一方的にシンガーやアイドルに思いをよせるのとは違う。ほんとうに好きな人へのエゴはぬぐいきれないよね。そして、それが許されるのは「若さ」をもってる時だけ。
つっぱしろうよ。ほしいものをほしいと言おう。

 

ラブソング:年寄りは去る。墓を掘りながら思い出に生きる。

さくらがいなくなって、居場所がわかって会いに行く福山雅治。気持ち悪いよね(笑)でもこの気持ち悪さがロリータの定義だと思う。ファッションじゃなくてお話の部分ね。

少女性愛者ハンバート・ハンバートと少女ドロレスから始まる一連のロリータ作品。
若さの輝きに心奪われる老人。ここで福山雅治はきちんと、「墓を掘る老人」を演じきった。

ロリータ・コンプレックスに関して、実は性的なものの割合は少ないんじゃないかと思う。
失ってしまった輝きとか、若さとか、馬鹿さ加減とか。知ってしまったあとでは取り返すことのできないもろもろに憧れ、それを敬い、壊したくなる。それがロリータ・コンプレックス。(もちろん私論ですよ)

若き才能に恋し、去られ、渇望し、求める。
でも、最終的に自分の居場所は彼女のそばにないことに気づく。
51歳。おっさんガールの僕にはこれ以上キュンとなるエンディングはなかったな。

 

ラブソング:年をとってもシワになっても一緒にいて

ほら。この歌はどうかんがえても、福山雅治じゃないよね。
この歌でさくらと先生のツーショットをみるたび覚えていた違和感がスッキリ。
それぞれの違う思いや秘密をひとつのナベにいれて作るのは
若い二人のスープだよね。

そういう意味で、すごくすっきりしたエンディングだった。
若い人は、のりこえる。
年寄りは過去を思い出にして、生きる。

このドラマ。
一見すると、得をしたのは藤原さくらというシンガーソングライターだったのかもしれない。
若者の強さと弱さ、オトナが表情をとりもどすまでのお話が見れてよかった。

音楽家としての福山雅治もなかなかだし。ね。

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