スポーツマンシップは自虐プレイか?

オリンピックを、ときどき見てる。
スポーツに疎い僕には、海外の選手はほとんど知らないし、日本人選手もわからない人が多い。
お盆休みの実家で、女子ホッケーを見た。
細かいルールはわからないけど、スピード感がすごい。かっこいいなあ。

 

知らないスポーツを見ると、「ルール」というものが、試合に深みを与えるんだなあと思う。ただ走って行って敵陣にぽーんとボールを投げ込んだりするだけじゃ盛り上がらないところを、「あれはだめ」「これも反則」てな感じで手かせ、足枷をつける。
だから試合は面白い。
乗り越えなきゃいけないルール。そこをどんなふうに頭を使い、戦術を立て、超えていくか。ルールギリギリを狙っていくか。

一方、走るというスポーツは、ルールがないように見える。スタートして、誰よりも早くゴールを目指すだけ。
100メートルならあっという間だし、42.195キロならコース自体がルールなのか。
相手のあることでもあるけれど、自分自身と戦う要素も多い気がする。
走ってる間に頭の中でどんな会話があってるのかなあという興味はある。

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どっちにしてもスポーツに関心がない。
もっというと「スポーツマンシップ」に関心がない。
ルールにのっとったフェアプレイは見てて気持ちがいいけど。

 

なんかの記事で
「ガッツポーズしすぎ。あれは敗者への心配りが足りない」という記事を見た。

敗者への心配り。
たしかに重要かもしれない。日本人は理性的であれ!聖人君子であれ!日本は世界一のホスピタビリティ国家!という今のムードにぴったりのご意見な気がした。

もちろん、負けた選手のことを気遣うことは素敵だと思うけど、勝利した瞬間、すべてのことを忘れて「喜び」に突き動かされる人を見るのは、ほんとうに感動する。
そんなにうれしかったんやなあと、思う。

 

試合に出て、勝って。
のたうちまわるくらい喜ぶ人をみると、うれしい。
苦しみに耐え、ルールという意地悪に耐え、最後に喜びを爆発させる。

僕が変わり者なんだと思うけど
仮に対戦して、僕が負けたとする。
そのときに、黙って手を差し伸べられたらどうだろう?
あまりいい気はしないなあ。
それより、飛び上がって喜んで、おうおう言って泣いて。誰彼構わずハグしあってる姿をみたら
「ああ、おれは楽しみ方が足りなかったから負けたのかな?」と納得する。

苦しいこともたくさんあるけど、最後に感情を爆発させる。
そんな姿がみたいなあ。

目指してるものに届かなかったら、絶望してたらやだなあ。
それが本人の気持ちだけならいいけど
「誰かにとって申し訳ない気持ち」とかが大きすぎたら、いずれスポーツの喜びはなくなるんじゃないだろうか。

ま、スポーツなんて縁のない人間のいうことなんて、的外れだとは思うけど。

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