宇多田ヒカルSONGS【帰って来たトム大佐】死の香り漂う花束を君に、真夏の通り雨のあとに。

宇多田ヒカルが帰って来た。

一度は飛ばし記事(もしかしたら真実だったかも?)で復帰を喜んだ。
でも本当に彼女は帰って来た。

まだ20世紀。
天井の低い部屋で歌い踊る宇多田ヒカルを見て

わあ、声とか藤圭子みたい!と思ってたら、娘だったっていう衝撃からもう十数年。

誰もが考えつかないメロディーに、日本語と英語をぶった切って乗せて行く歌。
そうは言ってもすごいメロディーメーカーというわけじゃなく、持ち球は割と少ない。
ハスキーで色っぽく、でも生っぽくない声。

なによりもその作品たちは時代に立ち向かい、負ける人たちの姿を描いていた。

 

ドラマの主題歌やTV番組のタイアップ、さらにはエヴァンゲリオンの主題歌など、彼女のメッセージはじわじわとやってきた。

「花束を君に」や「真夏の通り雨」のように、死を歌ったものの印象が強い復帰作が楽しみ。
混沌とした21世紀にお隠れになっていた6年間はまるで100年のよう。
時代が変わり、宇多田ヒカルの周りの世界も変わり、地上に再び降りてきた。

 

宇多田ヒカルが NHKのSONGSに出演

「花束を君に」を始めてフルで聞いたんだけど。
驚いた。

毎日が楽しかったら、愛なんて知らずに済んだ

というようなフレーズが。

 

愛を求め、愛する愛されるに人生を使おうとしてる僕らに、冷水を浴びせる。

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この番組で歌われた曲はどれも、新しい地平から書かれたものだった。

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昔は、小さな部屋で想像の翼を広げ、少ない空気の中喘いでいたのに、
今は他人の血を混ぜながら、大きな部屋であたりを見回す余裕が出てた。

 

人間活動前の宇多田ヒカルの歌は

虚無感と、デジタル感と、諦念。
酸素の少ない宇宙空間で口をパクパクさせてるような苦しさがあった。
必殺の一行のための不思議な違和感と散りばめる作品が素晴らしかった。
それが引退前シングル「Goodbye Happiness」で、言いようのない暖かい優しさと寂しさを連れてきて。

ああ、終わったな

と思ったもんだ。

 

この人はもう世の中に言いたいことがなくなったんだと。

 

で、復帰。
もちろん相当嬉しいけれど、期待は薄かった。

だって、一度人生を終わった人だから。再結成みたいなもんだもん。
あのテンションと切れ味と、底の方にある圧倒的な怒りと、その上に薄く敷き詰められた諦念が、再生するとは思ってなかったから。

 

でも、それは間違いだった。

小さなスケールでギリギリ感を出していた彼女は、世界を広げて、ギリギリじゃなくても恐ろしいほどのクオリティを見せた。

ギリギリ頑張る!という分かりやすいかっこよさを捨てて。

番組でもよく言っていた「生身の宇多田ヒカル」になって帰ってきた。

 

昔の宇多田ヒカルの尖り感、不満感。イライラ感が大好きだった僕にとっては、すこし物足りないのかもしれないけど、新作を聞くのが楽しみだ。

 





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