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児玉知道【03:山形に福岡のような交流をつくりたい】

◆オリジナルを作り始めてライブも順調に?

はい。福岡にきて半年くらいで、紹介してくれる先輩たちのおかげでいろんなところから声がかかるようになって。充実し始めてきました。
音楽の知り合いも増えて、すごい人たちとも知り合えて。

 

◆初めて山形に帰ったのはいつ?

5月くらいですかね?ちょうど東北大震災の直後で。自分に何かできることはないだろうかと思い南相馬に行きました。

福島は、ほんと、すごかった。
道路の真ん中に船が流されたまま止まっていたり、田んぼに海の魚が泳いでいたり…。

宮城の海沿いの道が山形にいるころから好きで、よく走ってました。
その風景がなくなった。根こそぎなくなってたんです。
悲しかったです。なんともいえないほど。

 

◆そのことを直接歌にはしなかった?

作りました。

でも歌わなくなりました。

あまりにストレートすぎて、傷つく人もいることを知って。歌えなくなりました。
自分の表現したいものとはちょっと違うのかな。
人を傷つけたくない。
希望を歌いたいなあと。

 

◆福岡を出て、どこか他の場所へいきたいなという思いは生まれなかった?

いえ、ザワザワしました。なので2013年に全国ツアーに出かけたんです。ギター一本もって、2ヶ月間。48日間38箇所ライブ。

歌で全国を巡るというのに憧れて山形をでたので、「夢をかなえる旅」だと思いました。
でも行ってわかったことは、「違う街へ行っても、同じ」だということ。

ツアーをやってみてよかった。

どうせなら縁のある福岡でガッツリやろう!って気持ちになりました。

 

◆福岡はいい街なんだね。うれしいね。

でも、山形を出てから、山形のよさもわかりました。
人がゆっくりで、のんびりしてて。空気はすんでて空は真っ青。水道水だって美味しい(笑)
福岡は空気は悪いし、みんなセカセカしてる。
でも、ほんとにいい街で。

一生すんでもいいなあと思い始めました。

彼女も福岡が大好きなので。
歌はほんとにたくさんできた。音楽仲間もたくさんできた。いつかははっきりわからないけど、こういう「歌中心の生活」からはいつか離脱しないとなあと思ってました。
福岡に住み続けるなら。

 

◆でも今回、山形に帰ることを決めたんだよね

はい。
やっぱり親の心配なども、色々ありまして。

なんかあったときにすぐにはいけないし。彼女の親も高齢になってきて、そろそろ安心させてあげないとなと。
あと、目標としてた5年を過ぎたこともあります。

親はスナックやってるんですけど、僕が帰ってその場をついでがんばれば、山形の音楽シーンをつくることもできるかもと思いました。

 

◆新しい目標だね!

そうですね。また勝負(笑)

歌える場が必要な人がきっといるし、人と人との交流の場が自分のすぐ近くにあった。
福岡でゼロからスタートして、いろんな人と交流したように、地元山形でもまた新しい交流が生まれる気がするんです。

 

◆お店のプランってあるの?

はい。山形のような東北にとって、やっぱり九州は憧れなんです。
そして僕は福岡に五年いた。そこでであったディープな福岡を紹介したいなとも思います。福岡文化を山形に持ち帰りたい。
そして福岡でであったミュージシャンの方々に山形で歌ってほしい!

きちんと融資も受けて、事業計画をつくって、まじめに熱くやっていこうと思ってます。
山形に出張や仕事できてる九州の人にも楽しんでもらえるようなお店にしたいと思ってます。

 

>>>つづく