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高橋プランクトン【02:真っ暗闇の中学時代】

中学の途中から体を壊して学校に行けなくなった。人生暗転です。

 

◆ところが、中学になって一変したんだよね。

中学校で体を崩して、学校に行けなくなったんです。原因はわからないけど。

過敏性大腸炎になって、とにかくお腹が痛くて行けなくなった。
お腹痛いのが続くと、「学校でお腹痛くなったらどうしよう」と思い、怖くて学校に行けなくなるんです。
で、一週間いけない。一ヶ月行けない。
そうなってくると行きづらくなるんです。

何か決定的な事があったわけじゃなくて、ずるずると行けなくなった。
友達もいたし、ひどいこともなかったのに。
学校に行きたい気持ちはあるから、本当に自分が嫌いになりましたね。

活発で輝きまくってた小学校時代から一転、ほんとに地獄でした。

 

◆輝いてた時代の後だもんね

三年生の時、クラスのみんなから手紙が来たんです。
多分先生の提案とは思うけど。
その手紙に僕はびっくりして。

「クラスのみんなから、こんな風に思われてるんや!違う違う。ただ体調が悪いだけなんや!」

って思いました。
そんな誰かになんかされたとか、トラぶったとかじゃないんだよー!おなかが痛いだけなんだよ。勘違いすんよ~って。

よくよく読んでみると、感動したんですけどね。

 

◆まるで金八先生みたい(笑)

そうそう(笑)俺、そんな状態なの?え?これって不登校ってこと?って。
こりゃいかんて思って卒業式には行ったんです。

で、号泣するという(笑)

ああ、これでみんなと会えなくなるんだ~って。ならお前、来ればよかったやん!て笑われました。ほんとそうですよね(笑)

 

一年半TVを見てて、現実はこわいなあと後で知ることになりました。

 

◆学校行けない間、家では何をしてたん?

ゲームっすね(笑)
なんもやることがないってのはこんなつらいんだと、しみじみ思いました。ゲームしてても、すぐ飽きる。飽きるけど、他にすることないからゲーム。

あ、あとTVですね。TV見てました。
それで結構怖いことに気がついたんです。後になって。

 

◆TVを見てたことが?

TVドラマとかでしか人と接さない時間を1年とかすごすと、怖いですよ。親とTVだけが「人」になる。「世界」になる。
TVって基本的に「人の汚さ」とかあんまり写らないでしょ?100点満点のヒーローがウジャウジャいるし。どっか悩んでても、最終的には解決するし。
悪役とかも、まあ納得できる悪役だし。ほんとにエグイところは見えないんです。

でも久しぶりに外に出れるようになって

「うわー人間って汚いな」と思いました。

 

◆え?それはなぜ?

たとえば5~6人のグループがいたとして。歩いてるとするでしょ?それほど人気のない人がほどけた靴紐を結んでても誰も止まらないのに、グループのリーダーが靴紐を結ぶときは、みんなで待つとか。
そんな「社会」に触れた時、ゾワゾワしました。
微妙な上下関係とか、笑ってるのに笑ってないとか・・・。
衝撃でした。
TVとか、ゲームとかには、わかりやすい人間しか出てこないんですよ。
中学生とかの成長期に、ヒーローとか悪役の世界にどっぷりはまると、逆に現実の怖さとかが怖くてたまらんかった。

 

◆だんだん徐々に「染まっていく」ところが、正義と夢の世界で純粋培養されて、急にバン!って世の中に出会う感じなんかなあ

そうですね。今でもそのゾワゾワを覚えてます。
いまは感じなくなったんですけど(笑)
歌を作るところの根源に、そのゾワゾワはあるかもしれない。悪い意味だけじゃなくて、人間ってこんななんだ!って想い。
一番ダメやった自分が、TVで見てる完璧にキレイな世界。そのギャップから生まれる歌も多いです。マイナスの自分から外へ向けての歌や、マイナスな自分自身にむけての歌。

 

◆学校には行けなかった時、将来のこととか考えた?

考えました。なぜか「プロバスケット選手」になろうと。

 

◆笑!え??

なぜかわからんのですけど、なろう!って。で、どうするか。
どうしたらなれるのか考えて。

きっと街のどこかに「プロバスケット選手」の会社があって、それを探して、自分を入れてくれるまで篭城してみようとか(笑)昔の芸人さんみたいに。
急にそんな考えが浮かんできてました。

 

◆でも、バスケの選手にはならず(笑)

はい。中学卒業して、通信の高校行きながら、おでん工場で働いてました。三年間。

 

◆その間は、なにかやろうと思ってなかったの?

三年間、ほんと何もなかった。初めて触れる現実の怖さと、単調な毎日。働いて、徒歩3分で帰って、寝る。
ただ、普通の高校生と同じ三年間はちゃんと働いて、普通にしたいと思ったのかもしれない。
とにかくこの三年間は空白です。思い出せない。

僕、一番最初に作った歌が「脳細胞」っていう歌で。毎日毎日、脳細胞が死んでいくって歌。そのまんまの日々でした。何も考えない・・・馬鹿になっていく・・・そんな実感がありました。
でも、高校生っていう「籍」はあったんで、三年はそのまま。

 

◆でも、馬鹿にならずに、今があるんやね。どこで踏ん切りつけたの?

いや、この三年間でも考えてました(笑)今やってるこの仕事は、きっといつまでもある仕事じゃない。
食品工場では「10年いる人」と「入って一週間の人」とに差がないんです。なにかを習得できない。長くやってたら偉くなることがない。それはまずいだろうと思いました。

 

◆なるほど。蓄積がないな~と思ったのかな?

そうですね。で、この会社がいつまでもあればいいけど、なくなったとき自分にはなにが残るんだ?って。
僕には営業はできないから、なにか手に職をつけなくちゃ食っていけない。自分にできることは何だろうって考えて。
北九州だから、工業の町だよなと思って高校卒業してすぐ、職業訓練学校にいきました。

 

◆けっこうきちんとプランする事もあるんだね。篭城とかじゃなく(笑)

はい。自分けっこうそういうのきちんと考えるんです。ずるいんかな(笑)
うちの父のそこの学校出身で。だから学校行って技術を取得して働いて飯を食うってのにリアリティを感じてました。だからその道を選んだんです。

学校には僕より年下の15歳からおじいちゃんまで、ありとあらゆる人がいました。そのころギターを始めたのかな?
でも基本、「食っていく事」が最重要なんで。
音楽でプロになる!とかじゃなくて、月曜から金曜までは工場で働いて、週末に自分の楽しみのために音楽をやるっていうスタンスで始めたんです。
そこには旅に出るまでの二年間くらいいました。

 

>>>つづく